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Multi-drug regimen

複数薬剤療法

薬物治療には大きく分けて2種類あります。すなわち、一つの薬物で治療を行う単剤治療と複数の薬剤を組合わせて用いる治療法です。ある疾患に対して素晴らしい特効薬がある場合には単剤治療が行われる場合もあります。例えば梅毒に対するペニシリン療法などでしょうか。一方、一つの薬剤による作用が十分でない場合や薬物耐性が問題となるような場合には複数の薬剤を組合わせて用います。

がんの化学療法においては多くの場合で複数の薬剤が用いられます。この際に投与法として三つの方法が考えられます。一つは単純に全ての薬剤を同時に投与する併用療法 (concurrent regimen)、複数の薬剤を交代しながら投与する交代療法 (alternative regimen)、一つの薬剤を一定期間投与した後に他の薬剤の投与に切り替える順次療法 (sequencial regimen)です。

例を示しますと、薬剤AとBを用いる場合、併用療法ではA+Bを毎回投与します。交代療法ではAを投与し、次回はB、その次はAという風に、A→B→A→Bを繰り替えします。順次療法では一定期間、例えば4回Aの投与を繰り替えし、その次にBの投与を4回行う、というもので、図示するとA→A→A→A→B→B→B→Bとなります。

これらの方法は幾つかの方法を組合わせて用いる場合もあります。例えば三剤併用療法と二剤の併用療法を順次療法で用いる、という具合です。

何れの方法が良いのかはがんの種類などにも依り、なかなか一定はしません。しかし、腫瘍の増殖における理論モデルを考えますと、各々の長所・短所を考える事ができます。

まず複数の薬剤を用いる最大の目的は耐性の出現を防止する点にあります。一つの薬剤のみでは非常に高率に耐性を持った腫瘍細胞亜集団が出現してしまします。Goldie & Coldmanの仮説により、複数の薬剤を使用することで細胞集団の中に全ての薬剤に耐性を持つ細胞亜集団が存在する確率が大きく減少します。

一方、上記の各治療法には欠点もあります。併用療法においては副作用が問題となります。併用する薬剤の最も重篤となる副作用がかぶる事の無いように組合わせを考えますが、それでも各々の副作用が増強される場合が多くあります。また、単剤使用時と同じ量の投与量を用いてはあまりに副作用が強くなりすぎる事が多く、通常はある程度減らした量を用いますので、これで単剤使用時と同等の効果を確保できるのかは不明であることも欠点と言えるでしょう。

交代療法の最大の欠点は使用する個々の薬剤でみると、薬剤の投与間隔が非常に長いという点にあります。上記の例では薬剤Aのみをみれば、通常の投与間隔の倍の期間休薬している事になります。個々の薬剤に対して感受性のある細胞集団や耐性のある細胞集団の出現確率は薬剤に対して独立と考えられていますので、薬剤Aの休薬中にAに感受性のある細胞集団が大きく際増大してしまいます。Norton & Simonの仮説によると再増大の防止にはdose-denseな方法が有効であるため、交代療法の様な個々の薬剤に関してはnon dose-denseな方法では再増大はかなり大きくなる事が予測されます。この細胞集団が薬剤Bで駆逐できる確率は、細胞集団が大きくなるほど耐性細胞の出現確率が上昇するというGoldie & Coldmanの仮説によれば、再増殖によって不必要に低下してしまう事が考えられます。

順次療法の欠点としては、これは薬剤の併用というよりは二次、三次の治療法を早めに用いている設計となってしまう点でしょう。順次療法の考え方はまず感受性の高い薬剤Aで治療し、ある程度治療してAに対する耐性亜集団が選択されたが未だ大きな集団とはなっていない内に、他の薬剤Bに変更してがんを叩こう、というものです。一方で、同じだけの期間、同じ量の薬剤を使用する前提で交代療法と比較すれば、個々の薬剤に関してはよりdose-denseな治療法という事ができ、腫瘍の再増大とそれによる耐性細胞の出現の確率はより低く抑えられると考えられるでしょう。

これ等の治療法の各々の長所・短所はあくまでも理論モデルに基づくものであり、実際に何れの治療法がより有効かは比較試験を行って調べるより他ありません。これはすなわち我々の持っている腫瘍の増殖動態や薬物耐性の獲得機構などに対する知識が、未だ不十分であることを示しています。